《起承転結の起》


空から恐怖の大王が降ってくるはずが降ってこなかった翌年、つまりパソコンが動かなくなると騒がれた割には何事もなかった年の9月のある日、P氏はいつもの様に仕事をしていた・・・。いや、ほんとに(^^;;;。仕事してたって・・・

 その日は午後から少し頭痛がしていたが、P氏はただの風邪だろうと気にしてもいない様子でした。P氏は今日は早く終わろうなどと考えていたのですが、その日はたまたまmichiさんが閉店間際に来たのでP氏は時を忘れて歓談を楽しんでいました。

 結局その日は11時に終わり、その後にP氏はホームページの更新の準備をしたり、本を読んだりんだり、TVを見たりして結局は朝方の4時まで起きていた。別に驚く時間でもなく、P氏にとってはいつもの時間になってしまった。そうそう、いつも朝方に寝床に入り、お昼くらいに寝床からゴソゴソと這い出してくるのがいつもの生活でした。

  P氏にとってはいつもの時間だったんだけど、その日は少し違っていたみたいです。と言うのは、P氏は突然目眩に襲われたのです。
 慌てて嫁さんを呼ぶと、まるで嫁さんの顔がムンクの『叫び』の様に見えます。ちょっとビビッたP氏は、取り敢えず布団に横になったようです。そうすりと今度は天井が回りだす始末です。

 嫁さんは慌てて救急車を呼ぶために電話をかけに行きます。その間に騒ぎに気付いた子供がおきてしまいました。
 上の男の子が心配そうにP氏を覗き込み「パパ、大丈夫?」と尋ねます。P氏はもしかしたら最後になるかもしれないなとボンヤリと考えながらも「大丈夫だよ。明日学校だろ?もう少しねなさい。それじゃあね。バイバイ。」とP氏なりに最後のお別れをしました。
 そうこうするうちに下の女の子も起きて来て、お兄ちゃんのように聞いてきます。P氏は同じ様に最後のお別れを済ませました。
P氏はこのまま気を失ってしまいました。いや、失ったはずでした。

いや〜、話がこれだけならなかなかお涙がいただけそうな良い話なんだけど、続きがあるんですね・・・・・
 これから先はP氏の意識はなくなっているので、嫁さんから聞いた話し・・・
 この後P氏は意識がなくなり、「怖いよ〜、怖いよ〜!」と叫んでいたそうな・・・。ま、気を失っての話しだから、何でも言えるもんね(^^;;;。
例えば『あの人ったら、倒れた後におま*こ〜、おまん*〜!」って叫ぶのよ。や〜ね〜。あの人ったら、生前から大好きだったからね〜。本当にスケベ親父!!』などと言われても、抵抗の1つもできやしないや。だって気を失ってるしねえ(^^;。勝手にして頂戴な(^^;;。

てな訳でここから先は嫁さんの記憶になっていくので、本当かどうかは定かでない(^^;。

 と言う訳で救急車が到着した。最初に2名の救急隊員が来てくれたのだが、P氏は体重は3桁だわ、トランクス1枚で寝てるわ、自宅は2階で階段は急だわでとても運べそうもありません。階段が狭く急なのでクレーン車まできてベランダから降ろそうともしましたが、結局は救急隊員が7名も集まってくれて、階段から降ろしたそうです。


こうして何とか無事に病院に担ぎ込まれたP氏は、いよいよ検査を受けました。結果は脳出血、それも脳の中心である脳幹部が出血していたそうです。
脳幹部は呼吸や体温調整などを司どる大事な部分です。しかし、脳の中心に位置するために手術も出来ません。
お医者さん曰く、「99%以上の確立で亡くなります。もし助かったとしても、99%以上の確率で植物人間になると思われます。」つまりP氏間違いなく死ぬ、もしも死に損ねても植物人間は間違いないとこだねと死刑宣告を受けたも同然なのです。まず、助からんだろうなって感じです。

まず助からないとしても、病院では懸命な治療が続けられます。患部が患部だけに外科的な処置は出来ませんが、それでももし助かった時のために治療をするのです。
治療の最中にもP氏は2度程危篤状態になり、いわゆる最後のお別れというやつを家族、親族を集め2度程やったそうです。
しかし、お医者さんの治療のおかげか、看護婦さんの献身的な看護のおかげか、はたまたP氏のゴキブリのような生命力のせいか、なんと蘇ってしまいました。もちろん何もなく元気という訳にはいかないけれど・・・。」
P氏が命と引き換えにいただいたものは全身麻痺と失調をいただいて、ついでに命や意識までいただきました。でも、それは後の話し。病院では11月の中頃まで意識がなかったそうです。
その意識がなかった間、嫁さんが呼びかけてもまったく反応しなかったけど、若い看護婦さんが声をかけたら反応していたらしい。さすがはP氏、とでも言いますか・・・(^^;。

11月の中頃に意識を取り戻したP氏だったけど、呼吸がちゃんとできないために喉を切開していたため、声を出すことが出来ません。そのため『あいうえお』が書いてあるボードを指差してしきりに意思を伝えていたそうです。
ところがP氏にはこの頃の記憶がまったくありませんでした。見舞い客の事も記憶にありません。まことに残念なのは看護婦さんが、まったく記憶にない・・・。もったいない・・・(^^;;;。

一番ひどかったのが、記憶が戻って初めてこどもが見舞いに来た時の事です。上の男の子には「よお!」と言うように手を挙げたP氏ですが、下の女の子の時はボロボロと涙をながしたそうです。可哀想なのは男の子だし、今から下の女の子が嫁に行くのがおもいやられるP氏でした・・・・・・(^^;;;;;。)
と、いろいろ書いてきましたが、すべてはP氏の奥さんの受け売り。だから、そろそろP氏の記憶がはっきりして来てからを書きましょう。それは来月の話し。それでは、また。

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